Les MUR

polly Vo&Gu 越雲龍馬のブログ

「FLOWERS」

1/31(金)

ワンマンをもって、リリースツアー計14本が終了した。改めて3rd mini album「FLOWERS」を聴き返す。

 

https://polly.lnk.to/flowers/

 

そういえば

前作「Clean Clean Clean」を作り終えてからの1年間はどうかしていたようにも思える。

哀しいもの、憎いもの等、俗に言うネガティヴなものにしか目を向けていなかった気がする。

それが自分の世界だった。それを自分の世界だと思い込んでいた。

 

光がないと影も存在しないのに。

 

そう気づき始めてから、なんとなく、そしてふわふわと自分の中に光を当てながら生活するようになる。

 

大事な人と笑った思い出があったからこそ、その人が居なくなった時の哀しみが在ること。大切だからこそ今居る存在がいつか居なくなる恐怖を感じること。それを気付かせてくれた存在が自分の周りに居てくれること。

それが今の自分の世界だと思う。

 

今作に

"光" "希望" "愛" などといった言葉を使っているのは、紛れもなく本心であり微かに残っている純な自分。

 

中指を立て、感情の当たり屋みたいに生きていたこと。今では少し恥ずかしくも思える(無論その時期はその時期で大切だった)

だからこそ、今そういった人を見る事が自分には少し苦痛で、関わることを避けていたりしてしまう。その人たちもいつかは今の自分みたいに思えるのだろうか。そう思える事が正しくはないかもしれないけど、自分は今の方が断然好きだしとても豊かであるなと。

 

 

とはいえ、今でも

内心では"俺なんか居なければ"とか"このまま逃げてしまいたいな"とかとか思ったりするけど。結局のところまだやり残したことが沢山あるし、いつになっても"やり残した感"が消える性格ではないのは自覚しているから、堕落するまでは生きていたいと思う。

 

 

今作のプロデューサーでもある

THE NOVEMBERSの小林さんに出会えたことも、自分にとってとても素敵な財産。

言葉にするのは難しいけど

音楽人としても、もちろん1人の人間としてもとても尊敬している。出会えた事がどれだけ自分の世界を明るくしたんだろう。感謝してもしきれないほど。

いつかまた、大きくなった自分で一緒に音楽をしたいと心から願っている。

 

 

今作について

何処にも誰にも言わなかったテーマをここに置きたいと思います。

それは"エンディングノート"です。

どこまでも自分の本心を掘り下げ、その本心に光を当てる事が今回の課題でした。

いつ自分が死んでもいいように。誰にこの音楽が拾われてもいいように。向き合った。

 

だから大切な作品になったんだと思う。

皆も改めて聴いてみてください。

僕の、僕らの

結晶、血漿です。

 

この作品が多く人の生活のきっかけになりますように。

 

 

リリースツアー「FLOWERS」

最高な日々でした。一生忘れない。

 

 

 

関わってくれた皆

UK.PROJECT

軽部さん、袴田さん、遠藤さん

4ROULEUR

向井さん、中山さん

エンジニア

岩田さん、中村さん

ジャケットデザイン

ユカリさん 河村さん

MV監督

番場さん

polly

やんす、研太、栄紀

家族、友人

そしてTHE NOVEMBERS小林さん

ここには書ききれない程多くの人に助けられました。ありがとう

 

 

 

 

p.s.

個人的な話

この作品が、親友の岩渕亮にも届きますように。

岩渕へ

いつかまたどこかで会える日まで

さよなら、またね

https://open.spotify.com/track/1GUYeu5mVmbOqRMRfjNfDJ?si=4HCPV-1DSoe7Gzi1Z309HQ

 

そういえば

ここでは書いてなかったけれど

1月から犬と暮らし始めました。

ミニチュアシュナウザーのルークさん。

f:id:ryomakoshikumo:20190703004524j:image

性格は

甘え上手、気分屋、そしてとても優しい

 

僕が落ち込んでいる時には

ふと寄ってきて、ちょこんと顎を身体に乗せてくれたり。

 

彼が虹の橋を渡ってしまう時までは死ねないなと思う。大切な存在が増えてとても嬉しい。と同時にいつか終わりが来てしまう事がとてもかなしい。

 

彼には沢山、笑っていて欲しいし

僕と一緒に暮らしている事を幸せに感じて欲しい。

 

皆にはそう思えるような

大切な存在はいますか?

 

 

 

彼が来てから日々感じることが変わったきがしている。きっと曲として書くことも変わっていくんだろうな。と

 

それでは。

深夜

この時間まで起きていると、頭の中にいる陽は眠り、陰が狂気的なほどに活発になる。

 

産まれてからでも26年と約6ヶ月。

pollyを始めて7年と約3ヶ月。

上京をして4年と約3ヶ月。

何が変わり何が変わらなかったかを考える。

変わりたくても変わらなかった事

変わりたくなくても変わってしまった事

欲しくても手に入らないもの

欲しくもないのに手に入れてしまったもの

 

自分にとって必要な人

でもその人にとっては必要とされていない自分

 

人は残酷なほど簡単に飽きを知り、人を切り捨て、部屋の隅に追いやる(部屋にも置いてもらえなくなる事も多々)

 

これからは

自分にとって必要な人に必要とされるように毎日を過ごしたいと思う。

何となくだけど"もうあの人は自分(ら)の事は必要ないんだな"とか"飽きたんだな"とか"期待されてないんだな"とか解るようになった。

昔みたいに尻尾振って愛想振りまく事もしなくなった。

少しだけ大人になったんだな。と

うれしい半分かなしい半分

って感じ。

 

 

これを書き終えて

新しい曲の歌詞を書いて、眠って、朝起きたらこんなにも肥えてしまった陰の子たちがしっかり眠っていますように。

 

 

 

いつも通り纏まることを知らない文で申し訳ない。

 

 

 

p.s.

こんな暗い文の後に申し訳ないけど

 

うちのギターの飯村が本日26度目の誕生日。

このバンドでは一番付き合いが長い彼。

自分が逆の立場だったら耐えられないような理不尽な事や言葉や時間の使い方にも文句一つ言わず一緒に音楽をしてくれている彼には頭が上がらない。心底感謝している。

彼の弾くギターには自分には到底出す事ができない"人間の優しさや温かさや喜び"のようなものがある。

 

 

本当に出会いって不思議で

 

音楽をやってなければ とか

あの日ライブに出ていなければ とか

先輩からの言葉に耳を傾けてなければ とか

0.1mmのような事で出会いが生まれる。

 

そんな奇跡や運命みたいな事を

これからも更新して生きていけたらいいな。なんて思ってしまっている。

 

 

少し話が逸れたけれど

本日誕生日の飯村くんにお祝いのメッセージでも送ってあげてください。

 

 

 

それでは。

 

 

 

 

ここ最近の

ずっと更新できていなく申し訳ないです。

書いては消してを繰り返していたので、なかなか更新できずでした。

今後は色々と気にせず、思った事や身の回りの事をつらつらと書いていくことにします。なるべく言葉も選ばず。

 

 

----------

 

 

ここ最近の我々は次作に向けての制作中。

以前よりも曲に対してああでもないこうでもないと向き合う時間が増えた分、閃きや欠点を見つけてしまい前に進まずという事も多々。制作が終わり蓋を開けた時に"あの時間があって良かったな"と思えるよう日々を音楽に反映できるよう過ごしたいと思う。

 

 

 

夜眠る事が怖くなる。

"日が昇るまでに、今悩んでるセクションをどうにか形にしたい"などといった事を毎日繰り返し不眠。このまま死んでしまったら後悔しか残らない。やり残した事しかないじゃないか。なんて。そのせいで暮らしている愛犬も昼夜逆転。彼は昼間ずっと寝ている。ごめんね。

 

 

 

誰かのツイッターで"音楽に命を削るな"的な事が書いてあったけれど、僕は少しでも削って音楽をやりたいかな。これは人それぞれなのだろうけど。他のミュージシャンはどう思ってるのかも気になる。SNSは色々な人の意見を知る事ができて良いななんて事も同時に思う。

 

 

 

 

本当にまとまりのない文章になってしまっているけど、これでいい気がしている。お付き合いいただける方は今後もよろしくどうぞ。

 

今日は明日の下北沢でのライブに向けてのリハーサル。明日、お待ちしておりますね。

 

 

最後にここ最近、眠る前によく聴いてる曲を

https://youtu.be/J6aQEFzB3zQ

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

Clean Clean Clean

「Clean Clean Clean」
とても愛おしいアルバムが明日発売される。

pollyというバンドを続けている中、ずっと頭の中に靄がかかっていた。それは例えるなら、オリコン1位を獲るとか、武道館でライブをするとか、そういう類いでは振り払うことのできない靄だったんだと思う。

頭になっている音像や頭に浮かんでいる情景を外に出す事が出来ず、音楽をやる事への歓びを感じる瞬間が日を追うごとに減ってしまっていた。

「青、時々、goodbye」「哀余る」という2作の流通盤を作るも、どこか心が晴れず、それどころか靄が濃くなっていく気がしていた。それを自分は目に入るもの全てのせいにして、感情の当たり屋のように"怒り"や"憂い"などを周りの人たちに当たり散らしていた。その頃はその頃で一種の純粋だったのかもしれない。とても蒼かった。
<ただ"怒り"や"憂い"は今でも自分にとって1番の友のような存在である。切っても切れない何かで繋がってる。>

そんな日々を終えたいと心から思うようになったのはいつ頃だろう。鮮明には覚えていないが、恐らく「代沢まつり」というイベントの最中だったと思う。同世代のバンドとツアーをまわり、自分自身への劣等がより濃くなり、劣等が嫌悪になった。
その瞬間が「初期polly終了」の合図だった。


その嫌悪故か、夜眠ってしまうことに恐怖心が芽生えた。
"寝てる間に何か降りてくるんじゃないか" "このまま死んでしまったら自分の想い描いた音ではない、作りかけの曲が誰かの手によって完成させられ、世に出てしまうんではないか"
などが頭の中を循環し睡眠時間の少ない日々が何ヶ月も続く。
今となってはその日々があって心底良かったと思っている。夜に感じるあれこれは昼間よりも深く広い気がしているから。

 


曲へのあれこれは気が向いた時に
1曲ずつ、ここに記したいと思ってます。
なので今作の内容について、ここでは割愛。

 

 


「Clean Clean Clean」を作り終えて
晴れ晴れとした気持ちになったのは事実だが、今自分の頭には見たことのない色をした靄がかかっているのも紛れも無い事実である。孤独とはきっと満たされない何かを満たす事への代償なのだと今作を作るにあたって感じた。

音楽を作る人間として、一生孤独でいないといけないんだと、それを自ら求めているんだと思う。音楽を続けることが生きる理由故に死なない為にも音楽を続けなきゃいない。と心から強く思うきっかけをくれた今作。
世に出す事が出来て心底良かった。


ディレクター UKP軽部さん
マネージャー駿さん
UKP daimasさん
Les MUR 向井さん 中山さん
レコーディングエンジニア 岩田さん
マスタリングエンジニア 中村さん
アートワーク ユカリさん
コーラス ちかこさん
MV監督 番場さん
メンバーの高岩くん 須藤くん 飯村くん
家族

今作を作るにあたって、一生のうちの数日間を自分のワガママの為に使っていただいたことに心底感謝です。感謝してもし切れないほどです。

 

 


最後に
「Clean Clean Clean」という作品は
自分、越雲龍馬というどうしようもない人間の手記です。それらが皆様の頭の中で鳴り、歌い、それぞれの経験の情景や匂いなどになってくれたら幸いです。

 

それと

この後24時にMVが公開されるので、良かったら観てください。素敵な作品です。

上に立つもの

は皆孤独だと

誰かが言っていた。

ここ最近それが嫌という程身に染みる。

 

別に孤独が悪いわけではない

孤独の概念すら曖昧。

曖昧の加減すら曖昧だからもはや曖昧という言葉を使うことすら躊躇う。

 

彼の言動が嫌いだ

彼女の仕草が嫌いだ

彼の雰囲気が好きだ

彼女の声が好きだ

 

曖昧すぎる文が頭に羅列する日は

いたって健全である。自分の場合は。

 

 

頭を切られても

身体だけで何年か生きた鶏がいるという。

もしどちらか選ぶなら

鶏とは逆の生き方が良い。自分の場合は。

 

 

 

 

 

p.s

公共の場でポイ捨てするやつは、いつか誰かに捨てられればいい。と思う。自分の場合は。

 

脱落

自分の父の職業は幼稚園の体操の先生&サッカーのクラブチームの監督である。

自分に物心がついた頃からサッカーボールやサッカーのVHS、サッカー雑誌などのサッカーに関連するあれこれが家中を占領していた。

 

3歳になれば当たり前のごとく、庭で遊ぶとなればサッカー。小学生になれば当たり前のごとく父のクラブチームに入団。6個上の兄も当たり前のごとくそのチームにいた。

少なからず他の人よりも勘の良い自分は、周りの選手の親の目を気にしていた。

"監督の息子"という何とも言えない立ち位置にいた結果だ。

小学校高学年にもなれば、県選抜、関東選抜、ナショナルトレセンなどの選考に行くなどサッカーエリートのような実力を身につけていたのはきっとサッカーが好きという以前に、父の顔に泥を塗るまいという子供心があったからだと思う。ちょっとした自慢話をすると県大会では2回優勝、関東大会では準優勝、2年前ほどに時の人となった女子サッカー日本代表澤穂希選手が選考する最優秀選手にも選ばれた事がある。

 

中学に上がると、そのクラブチームのジュニアユースチームにエスカレーター式で入団。

この時期からサッカーへの気持ちが変わっていく。同期の親同士の不仲によりチームの8割近くの選手が他のチームへ移籍。小学高6年間を共にした仲間が対戦相手になる事も多々。

他のチームで楽しそうにプレーをする彼らを目の当たりにした瞬間が自分のサッカー人生を暗く染めたような気がする。

 

その後、県でトップクラスの高校に入学。

毎日サッカーをするという為に自転車片道1.5時間をかけ登校。その高校の監督の事は今でも忘れない。

1年生はチームのウェアを着ることが出来ず、学校指定のジャージを着ることが決められていた。くそダサかった(胸に大きく"越雲"の文字があるような古臭いもの)。

先輩の顔色を伺いながら日々過ごすことへの違和感を日々感じ、学校に行くのすら億劫にもなった。大事な大会の前には決まって坊主にさせられた。坊主にしたところで勝てる保障などないのに。

他校との親善試合の日

監督私物のビデオカメラを壊してしまう。次の日、チームのミーティングでは酷く叱られ、チーム全員の前で土下座で謝罪させられた。

その後の結果を言うと、ビデオカメラは壊れてはなく、監督の操作ミスによる冤罪であった。

最悪だ。

もうこの場所には居られないと思っていた中、2週間近く熱が下がらない日々を過ごした。眼球に膿が溜まり頭痛がする。動いてもいないのに疲労感に襲われたりした。

大学病院に行き検査をしたところ、ある病気を発症したことがわかる。

不幸中の幸いとはこの事か。と。

その病気のおかげで(せいで)自分はサッカーを辞めた。神様というものが存在するのならば恨むべきか感謝するべきなのか。今でも悩ましい。

 

 

相も変わらず纏まりのない文ではあるが、この文を締めるものを書くとすれば。

 

高校の監督FUCK!!地獄に落ちろ!!

かな。

 

 

それでは。